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東京高等裁判所 平成9年(う)1882号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人志岐恒雄作成の控訴趣意書(全被告人関係)並びに弁護人〓屋英夫及び同鳥切春雄連名の控訴趣意書及び同訂正申立書(被告人巻〓芳一関係)に、これらに対する答弁は、検察官有田知德作成の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

そこで原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

一  事実誤認の主張について

1  墨塚物件の取引(原判示第一の一の事実関係)について

(一)  論旨は、原判決は被告人株式会社エステート本郷(以下「被告株式会社」という)の平成元年一月期における課税土地譲渡利益金額の中に千葉県山武郡山武町横田字西墨塚一〇七七番一八及び同北墨塚一〇五九番五の各土地(以下「墨塚物件」という)を有限会社伸栄(以下「伸栄」という)に対して代金六五〇〇万円で売却した差益一〇〇〇万円の分があったと認定したが、墨塚物件は有限会社五陽(以下「五陽」という)を売主、伸栄を買主として売買されたものであり、被告株式会社は当事者として関与しておらず、右益金は被告株式会社に帰属していなかったのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

(二)  関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告人巻〓(以下「被告人」という)は、昭和六〇年八月ころから平成元年九月までは不動産の売買及び仲介等の事業を目的とする被告株式会社の実質的経営者として、同年九月以降は同社の代表取締役としてその業務全般を統括し、平成元年一月期についての同社の法人税の申告及び納付の業務にも従事していたが、昭和六二年夏以降、山林分譲の営業員などをしていた後藤等(以下「後藤」という)及び有限会社日通開発の秋山重明(以下「秋山」という)から被告株式会社の土地取引に関与して利益の分配に与らせて欲しいと懇請されるとともに、二人から、被告株式会社の土地取引でいわゆる裏金を作って三名で分配することを提案され、裏金作りの方法として、被告株式会社が土地を購入する場合には売主との間に実際には売買に関与していない会社が介在したかのように装って仕入れ代金を水増しし、土地を売却する場合には買主との間に実際には売買に関与していない会社が介在したかのように装って売上金の一部を除外した上、介在したいわゆるダミー会社では税務申告せず、被告株式会社では圧縮した利益を税務申告するという方法を教示された。被告人自身も、当時の課税土地譲渡税の重課制度の下で被告株式会社の利益が僅かなものとなることに不満を抱くとともに、事業の継続拡大のためにも裏金の捻出が必要と考えたところから、この方法で裏金を作ろうと決意し、そのころ三名の間で後藤が経営する五陽をダミー会社とする方法で裏金を捻出することを合意するに至った。その結果、被告人は、後藤らと協力して、同年一二月から平成元年四月までの間に、千葉県内の二件の土地(東金市田中字中屋二七一番一、二、五、二七二番の各土地、山武郡山武町板中新田字清水谷四一番一ないし三の各土地)の購入又は同県内の三件の土地(同町大木字大頭山六九〇番二ないし五の各土地、同字横堀台七八五番四、一五八、一六〇の各土地、同町埴谷字別戸谷二二八一番四、五の各土地)の販売に関して五陽を地主又は買主との間に介在させ、土地の購入先又は売却先の選定及び購入売却代金等の契約条件の交渉と決定は被告人が行い、捻出した裏金を三人で分配していた。この裏金は、いったんは千葉銀行東金支店、千葉興業銀行東金支店等の五陽名義の普通預金口座に入金されることが多く、その口座の届出印及び通帳は後藤が管理し、その指示で被告株式会社の経理担当者である鈴木正美が同口座の預金の出し入れを行っていた。

(2) 伸栄は、昭和六三年一月ころ、その所有する約一〇〇〇坪の山林を隣接する墨塚物件とともに造成して販売する計画を立てたが、その代表取締役黒岩定義(以下「黒岩」という)が墨塚物件の所有者である株式会社〓田商店(以下「〓田商店」という)と自ら買受け交渉ができない事情があったところから、被告人に対し、伸栄の名前を隠して〓田商店から墨塚物件を購入して伸栄に売却してくれるよう依頼し、被告人は、これを了承したが、被告人もまた自ら〓田商店と交渉しづらい立場にあったため、後藤にその交渉方を依頼し、黒岩から示された伸栄の買取値段を伝えた。後藤は、〓田商店と交渉し、表向きの代金は三〇〇〇万円とするが、外に裏金として現金二五〇〇万円を支払って欲しいとの条件を〓田商店から提示され、これを被告人に報告した。被告人は、これを承諾し、後藤に現金二五〇〇万円を交付した。その後〓田商店から五陽への所有権移転登記が行われた。被告人及び後藤は、同年三月中旬ころ、伸栄の事務所で黒岩と会い、〓田商店から墨塚物件を入手したことを告げた上、代金六五〇〇万円で売却する旨の条件を提示し、黒岩はこれを承諾し、同月二四日、被告人、後藤及び黒岩が、伸栄の事務所に集まり、墨塚物件について、売主を五陽、買主を伸栄とし、売買代金を六五〇〇万円とする旨の土地売買契約書を作成するともに、黒岩が後藤に対して現金六五〇〇万円を交付した。右代金は、前記の千葉興業銀行東金支店の口座に入金された。後藤や被告人には当初から五陽の税務申告をする意思はなく、現に五陽は右物件売却による収益等についても法人税の申告をしていない。

(3) 黒岩は、捜査段階(甲九三)において、五陽の名は墨塚物件について五陽と伸栄との間の契約締結の段階で初めて知ったのであって、被告株式会社の名義借り会社と認識していたと供述していた。後藤も、捜査段階(乙三七)において、被告人の代行という立場で〓田商店と交渉したのであって、被告人から二〇〇万円か三〇〇万円を分け前として受け取った旨供述していた。

以上のとおり、本件の土地取引は、もともと伸栄から被告人への依頼によって始まったもので、その完結に至るまでの重要な意思決定は被告人が行い、その売却代金も被告人の裏金を保管する銀行口座に入金されているのであるから、被告人が主体的に行ったものであって、その転売利益は被告株式会社に帰属したというほかはない。これに対し、本件の取引に関して後藤が果たした役割は、被告人の依頼で〓田商店から売却の意思と条件とを引き出したにとどまり、同人がその真の買主で伸栄への真の売主であったとすれば当然に行うはずの買入売却条件の決定及び伸栄への転売利益の保持処分に及んでいなかったのであるから、五陽を本件取引の主体と認めるのは困難である。もともと、正当な土地の転売の主体つまりは転売の利益の帰属主体と認められるには、転売について意思決定を行い得る立場にあったこと又は少なくとも現に転売利益を正当に保持処分し得る立場にあったことが必要であるが、本件においては、そのような立場にあったのは被告株式会社であり、五陽であるとは認められないのである。

(三)  所論及びこれに沿う被告人の原審供述によると、本件取引については、五陽が裏金捻出に協力した他の土地取引とは異なる事情があると主張するので、その主要な点について検討する。

まず、被告人の右供述によると、第一に、被告人が伸栄からの前記依頼を受諾したのは、伸栄がこの物件を取得すれば被告人が実質的経営者である有限会社まきの重機建設(以下「まきの重機」という)にこれまでと同様に宅地造成工事を発注してもらえるものと考えたからであり、実際、まきの重機は、本件取引後伸栄から宅地造成工事を受注し、合計八六〇〇万円の支払いを受けているというのである。第二に、被告人が〓田商店に支払うため後藤に渡した裏金二五〇〇万円は後に後藤から返却してもらったというのである。第三に、本件の取引において、後藤は〓田商店からの土地買入を成功させる上で重要な役割を果たしているというのである。しかしながら、前の二点は本件取引の主体が被告株式会社であったことと矛盾するものではなく、その主体が五陽であることの証左となるものでもない。最後の点も、後藤が本件取引を仲介した事実を明らかにしているにとどまり、同人が主体となって伸栄に本件土地を売却した証左となるものではない。

次に、所論は、五陽が墨塚物件の山林分譲を企画しているので伸栄が買い取って開発して欲しい旨山武町役場の職員から依頼を受けたのが発端である旨の黒岩の原審証言を根拠として、本件土地を伸栄に売却したのは五陽であると主張する。しかしながら、黒岩は捜査段階でその証言にあるような経緯を何ら供述していないばかりか、後藤も原審公判廷で本件物件について〓田商店に交渉に赴いたのは被告人から要請されたためであることを明言しており、従前より五陽が主体となって右物件の山林分譲をする意図があったとは供述していないのであるから、黒岩の証言は信用することができない。

さらに、所論は、後藤が原審第一回公判において墨塚物件の虚偽不申告逋脱の事実も含めて公訴事実を認める旨を陳述しているとの原判決の判示は誤っており、後藤は墨塚物件の取引が被告株式会社に帰属することを認めたことがないと主張する。しかしながら、右の公判調書によると、被告人、被告株式会社及びその弁護人は、墨塚物件について明確に争う旨を陳述していたのに対し、後藤は、「公訴事実はそのとおり間違いありません」と陳述し、その弁護人も、「後藤が有限会社五陽を介在させた部分についての個別取引の関与の事実は認め、それが脱税の手段に利用されることは認識していた」と陳述していたのであるから、原判決の右の判示が誤りであるとはいえない。もっとも、これらの陳述が墨塚物件についての争点を具体的に意識した上でのものであったか否かについては疑問の余地がないわけではないが、後藤の捜査段階における前記供述を概括的に維持する趣旨を含む点では一定の証拠価値を有するものというべきである。

以上の次第であって、論旨は理由がないことに帰する。

2  治郎志山物件の取引(原判示第一の三の事実関係)について

(一)  論旨は、原判決は被告株式会社の平成三年一月期における課税土地譲渡利益金額の中に千葉県山武郡山武町大木字治郎志山五四二番九の土地(以下「治郎志山物件」という)を京栄商事株式会社(以下「京栄」という)に対して代金八億円で売却した分があると認定したが、治郎志山物件は被告株式会社が有限会社グリーンエステート(以下「グリーン」という)へ、グリーンが五陽へ、五陽が京栄へと転売したものであって、被告株式会社はグリーン以降の取引には当事者として関係しておらず、グリーンに対して裏金を含めて合計四億六〇〇〇万円で売却したに過ぎないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

(二)  関係各証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 治郎志山物件については、被告株式会社が昭和六三年二月所有権を取得し、同社名義で開発許可を得た上、被告人が代表取締役を務める被告人有限会社日光造園(以下「被告有限会社」という)の名義で宅地造成工事を行っていた。被告人は、平成元年五月ころ、グリーンの代表取締役長谷川酉夫(以下「長谷川」という)から右土地の売買の仲介の申し出を受けて承諾したが、長谷川は、買主を見付けることができなかった。被告人は、長谷川からの申し出を承諾した後、しばらくして後藤及び秋山からも同様の申し出を受けて承諾したところ、平成元年七月ころ秋山から買主候補として埼玉県の業者を見付けた旨の報告を受けた。一方、殖産住宅相互株式会社(以下「殖産」という)の不動産事業部営業課長青木憲隆(以下「青木」という)は、平成元年五月ころ本件土地が売りに出ていることを知り、同社で購入することを検討することとし、京栄(代表取締役早矢仕誠)に仲介を依頼して同年七月ころ被告人と売買交渉を開始した。被告人は、殖産との交渉が進んでいたのに、秋山から具体的な話が来ないため、秋山に買主との交渉をせかしたところ、秋山から、同年一〇月ころ、殖産側に八億円以下では売らないこと、売却益はほとんど税金で取られるので被告株式会社と殖産側との間に五陽を介在させて利益を被告人、秋山及び後藤で分配することを提案され、秋山及び後藤と協議の上、そのころ、殖産に対して治郎志山物件を八億円で売却すること、契約の形式としては、被告株式会社からグリーン、更に五陽を経由して殖産側に売却する形をとり、利益は三人で分配すること、全額の決済前に後藤らが得た金員は全額被告人に交付することを合意した。被告人は、細部についての殖産及び長谷川との交渉を後藤にさせることにし、早矢仕らに対し治郎志山物件は被告株式会社から後藤に売るので今後は同人と交渉するように伝え、後藤はその後数回にわたり早矢仕、青木らと交渉を重ね、同年一一月ころ、青木らの譲歩を得て殖産側が本件物件を八億円で購入する旨の合意が成立した。その間後藤は、売却代金、支払い条件、工事現場における配管等に関する問題について被告人の判断を仰いでいた。後藤及び秋山は、同年一〇月ころ、長谷川に対し、治郎志山物件は大手の会社が購入することになったが、被告株式会社からグリーンが買い取った後すぐに五陽が買い取って大手の会社へ転売することにするので代金決済は心配しないでよいと伝えたところ、長谷川は、代金決済の心配がなく、かつ仲介よりも利益を挙げられると考えてこれを承諾した。被告人は、同年一一月ころ、被告株式会社からグリーンへの売却代金を四億一〇〇〇万円とすることを長谷川に伝え、長谷川は、被告株式会社に契約書作成時に手付金の名目で五〇〇万円を支払うこととした。長谷川は五陽の購入代金を後藤と協議して四億三七〇〇万円とし、契約書作成時に手付金の名目で五〇〇万円を支払うこととした。平成元年一二月七日午前、治郎志山物件を代金四億一〇〇〇万円で被告株式会社からグリーンへ売却する旨の土地売買契約書が作成され、手付金の名目で五〇〇万円が長谷川から被告株式会社に支払われ、同日午後、右物件をグリーンから四億三七〇〇万円で五陽へ売却する旨の土地売買契約書が作成され、後藤は長谷川に手付金の名目で現金五〇〇万円を交付した。被告株式会社とグリーンの間の右契約書には、買主の残代金支払い期限は空欄になっており、グリーンと五陽の間の契約書では、買主の残代金支払い期限は、売主の引渡しの履行などにかからしめているが、右引渡しの期限については空欄であった。さらに、同月一二日、右物件を代金八億円で五陽から京栄へ売却する旨の土地売買契約書が作成され、殖産側は後藤に八〇〇〇万円の小切手を手付金として交付するとともに、同日、右物件を代金八億四五〇〇万円で京栄から殖産へ売却する旨の土地売買契約書が作成され、殖産側は京栄に対し更に五〇〇万円の小切手を手付金として交付した。右契約時に、殖産側は、入院中で契約に立ち会っていなかった被告人に電話で工事の進捗状況を問い合わせるとともに、契約内容及び被告人の売却意思の最終確認をした。また、そのころ、被告人及び後藤は、殖産側の要求により、被告株式会社及び五陽の間の売買契約書を作成し、その写しを交付した。被告人は、後藤が手付金として受領した八〇〇〇万円を事前の取り決めとおり後藤から受領した。売却代金の決済は、被告人の指示で造成工事完了済検査証の交付後に行うこととされ、平成二年四月五日、売却代金の決済が行われ、殖産側から後藤に対し被告株式会社の都合に合わせて残代金七億二〇〇〇万円が三枚の預手で支払われ、四億五〇〇万円の預手は被告人が、二億八八〇〇万円の預手は後藤が、二七〇〇万円の預手は長谷川が取得し、後藤は二億八八〇〇万円の中から一億円を被告人に交付した。長谷川は、その後秋山から仲介料として一二〇〇万円を要求され、これを拒絶すれば本件物件の取引から外される恐れがあったため、同人に一二〇〇万円を渡した。

(2) グリーンは、昭和六二年九月ころから昭和六三年四月ころまでの間、被告株式会社が購入して造成した千葉県山武郡山武町大木字横堀台七八四番一‐二五、七八五番四、七八四番一、七八四番二一〇ないし二一二の各土地について、被告株式会社と売却先である株式会社恒洋との中間の当事者として売買契約書上名義をのせていわゆる被告株式会社のダミー会社となり、被告株式会社の売却益の圧縮に協力するとともに、自らも契約書作成に関与するだけで各取引につき二〇〇万円ないし五〇〇万円程度を名義貸料として取得していた。また、グリーンは、平成元年八月ころ、被告人及び後藤から誘われ、被告株式会社が同町大木字新田山七六五番六の土地を市原資三及び市原妙子に売却した際、被告株式会社のダミー会社である有限会社雄源堂とともにダミー会社として介在し、報酬二〇〇万円で契約書を作成する名義貸しを行い、被告株式会社の売却益の圧縮に協力した。また、五陽は、前記のとおり、被告株式会社の土地取引の利益を圧縮するためにダミー会社としてしばしば協力していた。なお、グリーンは、本件の取引によって得た利益について税務申告をしているが、五陽はしていない。

(3) グリーンの長谷川は、当初仲介の予定であったのに急遽売買契約の当事者として関与するようになったものであって、その果たした役割は仲介以下であった。すなわち、被告株式会社からの購入価額、五陽への売却価額は、グリーンの意思とは関係なく決められていたばかりか、長谷川が秋山からの要求により一二〇〇万円を支払ったことから明らかなように、グリーンが本件取引に関与できるかどうかは被告人や後藤の意思如何にかかっていたからである。実際、長谷川は、捜査段階(甲八三)において、グリーンは治郎志山物件を仲介しようとしていたので、自ら購入する気など全くないし、購入する資金などもなかったが、買主名義と売主名義を貸して契約書を作るだけで二七〇〇万円も儲かると思って本件物件取引に関与した旨供述していた。

このように、本件の土地取引においては、被告人が、殖産の買受け窓口である京栄へ売却することとその売却代金を決定した上、被告株式会社からグリーン、グリーンから五陽、五陽から京栄という段階的取引を経由する形で京栄に所有権を移転することを決定し、かつ、被告株式会社からグリーンへの売却代金を自ら決定するとともに、長谷川及び後藤を通じてグリーンから五陽への売却代金を決定させている。そして、被告人は、五陽が京栄から受け取った手付金八〇〇〇万円及び残代金二億八八〇〇万円中の一億円を受領している。このことは、少なくとも五陽が被告株式会社のダミー会社として行動したことを明白に物語るものというべきである。また、グリーンは、被告株式会社の脱税工作の一環として利用されることを察知しつつも、仲介が成功していないのに仲介料に代わる転売利益が得られるところから、被告人に協力している。そうすると、五陽及びグリーンは、いずれも本件土地の転売について意思決定を行い得る立場にも、転売利益を正当に保持処分し得る立場にもなかったのであるから、本件取引における正当な主体ということはできず、被告株式会社の売却利益を隠す手段として利用されたものというほかはない。

(三)  これに対し、所論は、種々の観点から右の結論を批判しているので、以下、主な点について説明を付加しておく。

まず、所論は、被告株式会社が本件土地を所有していて京栄に直接これを売却することのできる立場にあったからといって、常にそうしなければならないわけではなく、各般の配慮から中間会社を取引に介在させて転売利益を得させることは業界によく見られることであると主張する。確かに、実際に中間会社に取引利益を帰属させた場合であれば、特段の事情がない限り所論は正当であるが、本件は、五陽が得た利益の中から被告株式会社が多額のものを取得する日的で取引全体の構図を定めて実施された場合であって、所論のような場合とは事情を異にしている。グリーンも、このような事情を察知しながら協力したと認められるばかりか、仮に事情を知らなかったとしても、被告株式会社の側では、税務申告をしている同社を介在させて脱税工作の発覚を防止するためこれを利用する意図があったと認められるのであるから、結論を異にするものではない。なお、所論は、被告株式会社が五陽から受領した一億八〇〇〇万円について、八〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円を後藤に返還し、一億円のうち九〇〇〇万円を三回にわたって後藤を介し秋山に返還していると主張するが、三〇〇〇万円については相手の後藤自身が原審公判廷で返還された記憶が薄い旨供述しており、九〇〇〇万円については、一億円もの金額を治郎志山の第二期分譲の手付金として被告人に交付すること自体疑問であるばかりか、三回にわたって返還したという状況についての被告人及び後藤の各原審供述は、具体性がなく、信用することができない。

また、所論は、グリーンがダミー会社であったことを否定すべき根拠として、グリーンが確定申告していることを挙げ、税務申告をしている会社を介在させることは裏金捻出工作にはかえってマイナスであるから、裏金捻出工作が発覚することを防止するためであると認定した原判決には理由不備の違法があると主張する。しかしながら、グリーンは、税務申告をしないダミー会社である五陽と被告株式会社との関連を遮断させるため、税務申告をしている会社であることから利用されたものと認めるのが相当である。このことは、前記の新田山物件の取引において、被告株式会社とダミー会社である有限会社雄源堂の直接の関係を隠蔽するためにグリーンが利用されたのと同様である。

原判決の判断は、結論において正当であり、論旨は理由がないことに帰する。

3  虚偽無申告逋脱犯の故意(原判示第一の三の事実関係)について

論旨は、原判決は平成三年一月期の被告株式会社の申告につき虚偽無申告犯として逋脱税額を正規の税額全額と認定したが、経理担当者であった鈴木正美の出産の時期と重なったため申告が遅れたに過ぎず、被告人には虚偽無申告の故意がなかったのであるから、過少申告犯として正規の税額と後に申告した税額との差額を認定すべきであったのに、そのように認定しなかった原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

しかしながら、関係証拠によれば、代表者であった被告人は、鈴木正美の出産及び体調不調を認識し、確定申告の準備が間に合わないことを十分認識していながら何ら措置を採らなかったと認められるのであるから、不申告の故意がなかったということはできず、事前に所得秘匿工作を行って申告期限を徒過したことにより直ちに虚偽不申告逋脱犯が成立するというべきである。論旨は理由がない。

二  量刑不当の主張について

論旨は、被告株式会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人を懲役二年六月に、被告有限会社を罰金二〇〇〇万円にそれぞれ処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで検討するに、被告人及び被告株式会社の犯行は、不動産取引等により多額の所得がありながら、三年度にわたって合計五億三一〇〇万円余りを脱税したものであり、脱税率は三年度を通して約九九・一パーセントと高率である。その不正行為の態様は、被告株式会社の不動産取引について、実際には取引に関与しない後藤の経営する会社等を介在させて売上げの一部を除外したり、仕入高を水増しするなどして所得を秘匿し、実体に沿わない契約書等の書類を作成するなど画策したものであって、計画的で悪質である。犯行に至った動機も、後藤や秋山からの教示や助言があったものの、土地重課制度により高率の税金が課されることに対し根強い不満を抱いていた被告人が積極的主導的に本件を敢行したものであって、動機において酌むべきものはない。

被告人及び被告有限会社の犯行は、土地造成工事等により多額の所得がありながら、二年度にわたって合計八九〇〇万円余りを脱税したものであり、脱税率は二年度を通して約八五・八パーセントと高率である。その不正行為の態様は、実際には被告有限会社が受注施工した土地造成工事等について、被告有限会社の従業員を代表取締役として設立したダミー会社が受注したように仮装して多額の売上げを除外したり、実際には被告有限会社が施工した土地造成工事等について、右ダミー会社が工事を発注したように仮装して多額の架空の外注費を計上するなどして所得を秘匿し、実体に沿わない契約書等の書類を作成するなど画策したものであって、犯行態様はこれまた計画的で悪質である。動機においても酌むべきものはない。

そうすると、被告人が納税義務を軽視した自己の行為を反省し、原審段階までに、被告株式会社について二三九五万二〇〇〇円、被告有限会社について二〇六九万七八〇〇円の本税をそれぞれ納付し、更に原判決後、被告株式会社について二〇三〇万円、被告有限会社について二〇〇万円の本税をそれぞれ納付しており、合計すると現在までに、被告株式会社について四四二五万二〇〇〇円(脱税額の約八・三パーセント)、被告有限会社について二二六九万七八〇〇円(脱税額の約二五・四パーセント)の本税を納付しており、その余の本税、重加算税、延滞税についても今後支払う努力をする旨誓っていること、本件により捻出した裏金については、後藤、秋山らも相当高額の利得をしていること、被告人には古い罰金刑のほかは前科がないこと等の所論の指摘する事情を十分に斟酌しても、被告人に対する刑期及び各被告会社に対する罰金額についての原判決の量刑はやむを得ないところであって、これが重すぎて不当であるということはできない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(編注)第1審判決及び第2審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。

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